車輪の国、向日葵の少女

あかべぇそふとつぅ


罪を犯したものが、刑務所には入れられることはなく、
何らかの義務を背負わされるという、どこか違う世界でのお話。
義務を負った罪人を更正指導する『特別高等人』を目指す、主人公・森田賢一。
『特別高等人』の最終試験として、3人の少女たちの更生をすることになる。
『1日が12時間しかない義務』
『大人になれない義務』
『恋愛ができない義務』
この咎を背負った少女たちの癒し、義務を解消させることができるのだろうか。


▼はじめに(ちょっとしたレビュー)

あかべぇそふとつぅの第3弾ソフト。
いままでまったく注目していないソフトハウスでしたが、 今作『車輪の国、向日葵の少女』のシナリオライターが『a profile』のシナリオライターである、るーすぼーい氏と知って購入。

ちなみに『a profile』は同人作品ですが、商業作品と同じぐらいのグラフィックとストーリーを兼ね備えた高品質な作品です。 るーすぼーい氏のセンスあるテキストと、プレイヤーをあっと驚かせるトリックが凄い。オススメです。

なので、『車輪の国、向日葵の少女』も、ライター買いと言っても過言ではありません。
もちろん、原画家の有葉氏によるグラフィックと、ストーリーを一層盛り上げる音楽もレベル高く仕上がっています。 ただ、システム面に若干問題がありますが、それ以外は概ね水準の高い作品でした。

・シナリオ
前述したとおり、るーすぼーい氏が企画から担当しています。サブライターはいません。
全5章の物語で、攻略可能キャラは4人。基本的に一本道で、選択肢による個別シナリオは無いに等しいです。 キャラクターにフラグを立てると、物語の大筋は変わらないものの随所随所でイベントが挿入される構成。 エピローグは今までの選択肢で変わります。計5種類。

テキストは変な癖がなく読みやすくて丁寧。
奇特な設定の作品なのにも関わらず、衒学さを感じさせずに設定を理解させ、堪能できます。 笑わせるところでは笑わせ、感動させるところでは感動させる、非常に読ませる文章です。

「感動ヒューマンドラマ」と銘打ってあるように、いわゆる「泣きゲー」的な要素もふんだんに含まれています。
ただ、人を殺して泣かすような内容ではなく、登場人物の人間としての強さに感動させられました。 昨今の不幸のバーゲンセールの言える感動(?)にはいささか食傷気味だったので、ある意味で新鮮です。

ですが、私はそれ以上に私は伏線の張り方と、物語の組み立てが絶妙さに感服しました。
今までギャグだと思っていたところや、主人公の奇怪な言動が叙述トリックだと気づいたときは肌が粟立ちましたね。 ……プレイ済みの方は、どのシーンなのかはわかっていると思いますが、その感想は後述します。

・グラフィック
原画家は有葉氏。特に癖のない原画です。
原画家特有の癖が逆にギャル絵では栄えに繋がるものですが、有葉氏の原画は可愛く描かれています。 立ち絵もイベントシーンも同等にレベルが高いです。特に立ち絵では上目遣いが堪らん。
ただゲームの設定上か、それとも単なる手抜きなのか、服装のバリエーションが非常に少ないのに残念。 過去編を除けば、さち以外は一種類しか服装のパターンしかありません。仕方がないとはいえ、各キャラの私服も見てみたかったです。

・音楽、音声
音楽も高品質。ヴォーカル曲を入れて全64曲とメチャ多いです。
ヴォーカル曲は3曲でOP、挿入歌、EDの3つ。片桐烈火さんが歌われています。

印象に残ったBGMは「溶解」、「Watch out!」、「憂藍」、「光の先に」、「gallantry」(ちなみに好きな順です)。 まぁどれも盛り上がるときに流れる曲なので、ミーハー野郎と思って下さい。

声優については問題なし。演技力に問題がある声優は一人もいませんでした。
特に法月のとっつぁんや、お姉ちゃんを中心に素敵過ぎです。……法月のとっつぁんなんて若本のとっつぁんを前提にキャラを作ったのかと思いましたぜ。

……気になることと言えば、南雲えりの中の人はどう思ったんだろうか、その一点ですね。 公式サイトにあるサンプルボイスがすべてのボイスというのはあんまりだ。まぁあのイベントがあって、物語に深味が増したのも否めませんが。


*ここからネタバレを含みます。要注意。

▼キャラクター別感想

三ツ廣さち

第二章のメイン。
『1日が12時間しかない義務』を背負わされた少女。
一日の活動時間は睡眠時間を入れて、7時から19時と決まっている。

主人公・森田賢一が評するように元気系。
しかし、子供の頃に描いた絵が盗作の疑いを掛けられてからというもの、怠惰な日常を過ごしている。
その結果、楽をしてお金を稼ごうとしてネットギャンブルにハマっていまい、多額の借金を作うこととなって義務を課せられた。 現在はインターネットを使って、為替取引をしている。

……嫌いなキャラクターではないんですが、更正に至るまでダメ人間過ぎ。
主人公が、自分の所為で怪我をしているのにもかかわらず、私利私欲のために洞窟探検に行かせるのはどうかと思います。 一応は主人公の怪我のことは気に掛けていましたが、心配したところで、行動をさせている時点で同じ事です。

それに、マナを取り戻すために何でもすると言いつつ、その日のうちから絵を描くという現実から逃げていたのには驚きました。
せめて初日ぐらいはびりっとテンション高く行動してもらいたかったです。 法月にあそこまで啖呵を切って持ち上げたテンションを、ずるずると最底辺まで落とすというのはあまりにも容赦がないです。 その落差があまりにも大きいので、主人公と同様に私も落胆してしまいましたぜ。

……まぁほかのキャラの義務が冤罪に近いものなので、自業自得により義務を背負ったさちと人間性で比べるのは酷ですか。

だからこそ、ダメ人間のさちだからこそ、妹同然のマナが自ら去って、再び立ち上がったときはかなり心震えました。
まぁ再び落胆させるんじゃないのかという懸念も同時に孕んでいましたけど。

……もし、これがステロなエロゲだったら、あそこで絵の完成が間に合うのがフツーですが、 『車輪の国、向日葵の少女』では間に合わなかった現実が書かれています。
例え途中から奮起しても、サボっていたツケが回ってきたという展開が巧みです。 手垢にまみれたご都合主義的な奇跡は起きずに、当たり前の現実があったからこそ、さちとまなが別れるシーンが生きていました。

現在社会問題になっているニートに通じることを巧く書いているので、23歳にてフリーターである私が一番感情移入出来たシナリオですね。 ……でも社会に出たくねェー!(←何も学んでない人)

大音灯花

第三章のメイン。
『大人になれない義務』。
親権者が命令した通りに行動しないと、収容所送りになるという過酷なもの。 ただ、灯花は物心が付く頃から、この義務を課せられており、それが当たり前となっているので、とりとめて苦には感じていない。

「ぶっ殺すわよ!」などといった物騒な台詞を吐くことが多いですが、 ヒロインのなかでは良識のある一番真っ当な性格をしています。 主人公が言っていたとおり、つんけんした関係から仲良くなったときの振り幅が大きいので、所謂ツンデレキャラですね。 一番人気が出そうなキャラクターかな。……私はちなみに二番目に好きなキャラです。デレデレ時の破壊力がデカいぜ。

シナリオのテーマは親子の絆ですかね。
これまたさちのシナリオと同様にDV(ドメスティック・バイオレンス)といった社会問題を描かれている側面があります。
灯花の背負わされた義務は、家庭問題から発生したもので灯花自身には罪がありません。問題があるのは親です。 なので、灯花をどうにかするのではなく、親である京子をどうにかするシナリオです。

……まぁ灯花も今まで、何をするのも親の言われた通りに行動をする義務を背負わせられた所為もあってか、 自分で考えて行動をするといった決断力が著しく欠如しています。それも物語の火種となるんですが、 その意味を含めてこそ、悪いのは圧倒的に京子であることには変わりがありません。

このシナリオは賢一が格好良かったです。特にこのシーンは震えました。

「―――助けて」
頼ってきた。
『私、これから、あんたの助けとかいらないから』
つっぱていた少女の面影は、もう、ない。
おれは、静かに言った。
「まかせろ」


台詞の直後に「Watch out!」が流れる演出は素晴らしい。
そのあと、紛争で培った酷薄な笑みを浮かべて、賢一が京子さんを連行した役人を引かせるイベントがカッケー。

このシナリオもさちと同じく、一旦、良い方向に持ち上げてから落とす手法を取っています。
一度は仲違いというか、ギクシャクした関係から和解し、義務の取り下げになるんですが、 今更ながら、灯花の生みの親がしゃしゃり出ることや、京子が成した虐待が露見することによって、別の問題が浮き彫りとなります。

一度目は賢一によって問題解決へと繋がったんですが、その二度目は灯花の強さが問題を解決させました。
賢一が突いた京子のトラウマが表に出て自棄となり、京子が自分のために作ってくれた料理を灯花にぶちまけて、 罵詈雑言を投げつけますが、灯花はそのすべてを許して、強さと優しさで京子を抱擁します。

……こりゃスゲェ。
賢一の力をまったく借りずに灯花の優しさだけで、問題を収束させました。やってくれるぜ。

日向夏咲

第四章のメイン。
『恋愛ができない義務』。
異性間接触を認められていない、つまりは男性に触ることを禁じられた義務。 触れることも、触れられること同罪に処される。 この夏咲の罪は100%の冤罪で、夏咲はしつこく交際を迫ってきた地主の息子にハメられてこの義務を課すことになったもの。

しかも、夏咲は何ヶ月にも及ぶ非人道的な尋問で心が消耗し、明るかった性格に、影を落とすことになり、ありもしない罪を背負わされることに。 更には自分の家を親戚の叔母に売り払われ、同級生からはイジメられ、移り住んだ寮で大家から性的いやがらせを受け、夏咲の心は磨耗していった。

夏咲は主人公の初めての友達で、主人公をイジメから救ってくれた人物だったが、 変わり果てた夏咲の姿を見て、義務を解消させること以上に、自分を救ってくれた夏咲の傷を癒そうと奔走する。

……冤罪なので『恋愛ができない義務』を課せられる問題はない夏咲の義務を解消させることは難しいです。
賢一は夏咲と再び仲良くなるため、賢一は自分が過去に友達であった健であることを告げます。
初めは戸惑いもしたものの、そのことで、夏咲は少しずつ心を開き出しました。
しかし、それと同時に賢一に対して恋心を抱くことになってしまいます。
『恋愛ができない義務』は異性間の接触はもとより、その感情すらも御法度なので、夏咲は余計に苦しむことに。
賢一はそれが罪であることわかっていながらも、夏咲の疲弊して冷え切った心を温めるために、夏咲を抱きしめます。

このシナリオは最初からイベント盛り沢山の過密な内容。
そして、どの章よりも青春していますね。 さちや灯花のシナリオはまなや京子といったサブキャラクターが大きく物語に食い込み、 賢一は彼女たちの義務を解消させるために第三者として後ろから手助けをする形ですが、 夏咲シナリオは主人公が夏咲の根幹にあるので、互いに向き合う形になります。 なので、『恋愛ができない義務』であるにもかかわらず、何というか非常にボーイミーツガールです。 ……そりゃどうやっても義務を解消させることは出来ないや。

やはりこのシナリオの見どころは夏咲が法月に対して、収容所にぶち込まれるのがわかっていても、賢一が好きだと宣言するところですね。 存在を薄く感じてしまうほど、弱々しかった夏咲が法月に賢一に対する強く想いを告げるのは、カタルシスそのもの。感動した。

樋口璃々子

最終章である五章のメインで、賢一のお姉ちゃん。
『この世に存在を認められない義務』。
この世界における極刑で、基本的に義務の解消はあり得ない。 担当の特別高等人を除いて、誰とも話すこと触ることも視線を合わすことも認められず、 すべてのコミュニケーションを遮断され、この世にないものとして扱われる。

この義務があったからこそ、お姉ちゃんが姿を表したことが、このゲーム最大の叙述トリックを生み出しました。
賢一が冒頭からここに至るまで「あんた」とプレイヤーにでも話しかけるように、独り言を呟いていたのは、 メタではなく、すべてお姉ちゃんに対してのものだったということ。登場人物の何気ない機微もすべてここに繋がったというワケです。 ……この展開には上記で書いた通り、肌が粟立ちましたね。

「まずは自己紹介をしよう」
「俺は森田賢一」
「SF小説と姉貴が好きだ」


ゲーム冒頭のこの何気ない言葉も、存在を認められないお姉ちゃんに向けられたものだと知ったら泣けてくるじゃないですか。ええ、泣けますとも。

ほかにも、五章では法月のとっつぁんの足が何でもなかったこと、賢一が常用しているのは麻薬ではなくハーブだったと言うことには驚きましたが、 お姉ちゃん登場の影響がデカすぎて、こちらの驚きは薄れてしまいました。
ですが、いままであれだけプカプカ吸っていて、キマっていたのが、すべてブラフだったというのには感服。 よくよく考えれば、さちが停止している部屋の中で吸っていたのも煙が身体に悪影響のないものと賢一が知っていたからなんですね。

それで、璃々子お姉ちゃんですが、重要なパスワードを忘れたことを「ドンマイ、私」で済ます剛胆な性格や、 何気にヒロインのなかで一番ちっこいところがラブいです。それと、あの法月でも暴力を使って屈服させなくてはいけないほどの胆力も凄い。

このゲームの最萌ですね。登場時間は他ヒロインに比べると少ないものの、その存在感は圧倒的と言えるでしょう。


▼まとめ

笑いあり、感動あり、驚きがありと私のなかで今年一番と言える作品です。
主人公も格好いいし、魅力的なヒロインもいるし、法月のとっつぁんも最高だし、プレイしていて魂が震えました。

やはり、ここまでハマった最大の一因は世界設定がすこぶる私好みだったことがあります。 この手の物語は萌えを前面に押し出したエロゲと違って、ライターの腕がないと駄作そのものになりますが、 るーすぼーい氏の魅力溢れるテキストのお陰で問題なく堪能することが出来ました。多謝。


back

index