「文々。異聞録」 第6話






 アルビノ特有の淡紅色の瞳が愉しそうに俺を捉える。

 魔力を帯びた瞳に少女の魔術師としての資質の高さ感じた。
 聖杯のバックアップがあるとはいえ、あんな途轍もないサーヴァントを使役しているのだ。
  可憐な見た目とは裏腹に聖杯戦争のマスターとしてのレベルは高い。

 「――こんばんは、お兄ちゃん。こうして会うのは2度目だね」

 サーヴァントの闘いを挟んで、俺に向かって言葉を投げる。
  少女の声は剣の重なる轟音さえも上書きするようにはっきりと聞き取れた。
 ……外見通りの澄んだ鈴のような声。この場にはそぐわない場違いな響きに対して戦慄を覚える。

 「……え。衛宮くん!?」

  イリヤに続いて遠坂も俺の存在に気がつく。
  ここは俺の家と新都の繋がる道だ。俺と文が教会に行けば、この邂逅は必然といえる。  
 遠坂もその考えに至ったのか、あちゃあと片手で顔を覆って落胆を見せた。

 イリヤはそんな遠坂を無視して話を続ける。

 「あ、そういえば自己紹介がまだだったね。
  私の名前はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。聖杯戦争のマスターよ。
  ……そして、今セイバーと闘っているのが私のサーヴァントのバーサーカー」

 ――イリヤスフィール。
 ――バーサーカーのマスター。

  ……確かバーサーカーは理性を失う代償として身体能力が強化されたサーヴァントだという。
  その名が示す通り、あの破壊の為だけに斧剣を振るう姿はまさに狂った戦士と言える。

 「え、何? もしかして衛宮君、この娘と知り合いなの?」

 遠坂がイリヤスフィールと名乗る少女と関係を聞いてきた。
  ……数時間前にあんな別れた方をしたのに、まるで何事もなかったかのような口ぶりだった。
 彼女にとって俺はどんな位置づけにあるのだろうか。

 「いや、数日前にすれ違っただけだ」

 ……それに対して馬鹿正直に答える俺も俺だが。

  それよりも、イリヤスフィールは既知であるように接してくる。
  当然ながら、イリヤスフィールという名前には聞き覚えがない。
 そんな印象深い名前だ。記憶力には自信はないが、一度でも耳にしたら忘れないだろう。

 「もう、遠坂の魔術師は品格というものがないんだから。
  今は私がお兄ちゃんと話しているのに、リンなんかが口を挟まないで」

 「なんですって!」

 少女は拗ねたように頬を膨らませて非難する。
  対して遠坂はこれまでにない反応で激昂してみせた。
  どうも『遠坂の魔術師は品格ない』という言葉に逆鱗が触れたように思える。

 だが、今はそんなことよりも、己のサーヴァントの闘いを放っておいていいのだろうか。
 好意的に捉えればパートナーに対する信頼の証と言えるが、それでも死闘を繰り広げている彼らが不憫だ。

 「それでお兄ちゃん。お兄ちゃんはサーヴァントを喚べたのかな」

 イリヤスフィールは相変わらず遠坂を無視し続けている。

 「……ああ」

 言われてみれば、俺のサーヴァントに当たる射命丸文の姿はどこにも見あたらない。
 文を追ってここまで来たと思うので、この辺りにいるのは間違いないと思うが。

 「ふーん、じゃあ今からリンとリンのセイバーを殺すわ。
  ――そしたら次はお兄ちゃんの番だからね。あはは。逃がさないんだから」

 これまでの無垢な表情から一転して、口角を吊り上げ、少女には似つかわしくない酷薄な笑み作る。
  それに呼応するように少女の全身から赤い光を放つ模様が浮かび始める。
  厚手の服の上からでも判る強い魔術を帯びた光彩――。

  さして知識がない俺でもその禍々しさは否が応でも感じ取れてしまう。

 「まさか……。それ全部が令呪だとでも言うの……?!」

 遠坂の驚嘆に少女は満足そうにクスリと笑った。

 「ええ、その通りだわ。正解よ、リン。じゃあ――。狂いなさい、バーサーカー」

 バーサーカーが言葉でぇあ形容できない咆哮を上げた。
  大気を震わせ、身体が削られるそうになるほど凄まじい叫び。

 「今まで本気じゃなかったとでもいうの……!?」

 遠坂が驚愕のするのも無理はない。
  イリヤスフィールの一言によって、バーサーカーの攻撃がこれまで以上に苛烈になったのだ。
  一撃でも必殺といえる斧剣が更に速くなり、相乗して重さも増す。

  だが、バーサーカーが相対するのもまた最良のサーヴァントと呼ばれているセイバーだ。
  その速さと重さを増したバーサーカーの斧剣を不可視の剣で捌き続けていた。
  しかし見る見るうちにセイバーも表情はより険しく変わっていく。

  バーサーカーの戦法にはこれまでと何の変化もない。
 それは単純に己の膂力のみで無骨な斧剣を振るうだけのもの。
  ただ、暗に技術のない単調な攻撃だからこそ、セイバーのような達人には却って対処が限られる。

 各々の刀身が触れる事に夜道が照らされるほどの苛烈な火花が散った。

 ……セイバーは瞬きの一つすらも許されないでいる。
  神懸かり的な剣捌きで斧剣の猛攻を防ぐが、時間が経過つれて徐々にだが押されていった。

 いくらセイバーとはいえ、このような大型の相手に真正面からぶつかるのは愚作と言えたが、
  ここは一般車両もすれ違うのも難しい狭い道路。
 素早さと小柄な体躯でバーサーカーを翻弄しようにも、道の狭さから脇を抜けることもできない。

 そしてついにバーサーカーの一撃を真正面から受け止めてしまう。

 剣の英霊であるセイバーだとしてもバーサーカーの攻撃は受けてはいけないのだ。
  近接戦闘のエキスパートを以てしてでも、
  バーサーカーの斧剣は正面から受け止めるのではなく、受け流す必要があった。

 その衝撃にセイバーの体は遙か後方のブロック塀まではじき飛ばされた。

 「セイバー!!」

 今まで傍観していた遠坂がセイバーの元へ駆け寄る。俺も遠坂の後を追う。
 セイバーはコンクリートブロックが砕けるほどお、仰臥して起き上がれない。

  何とか上体を起こして剣を支えにして立ち上がろうとするが、バーサーカーがその見逃すはずがなかった。

 「バーサーカー! とどめよ! セイバーをやっちゃいなさい!」

 黒い巨人は再び轟音とも言える咆吼を上げ、その巨体からは考えられない脚力でセイバーへと襲いかかる。
 セイバーの元へと辿り着いた遠坂は少女を庇うように前に立った。
 ……何を馬鹿な。ただの魔術師でしかないバーサーカーと対峙して無事でいられるわけがない。

  遠坂は何かを探るようにスカートのポケットに右手を入れた。

 遠坂が取り出したのは宝石だった。ただの宝石ではなく、魔力が凝縮された神秘そのもの。
 その赤い宝石を二つ指に挟み、バーサーカーに目掛けて投擲をする。
 少女の腕から放たれた宝石は魔弾となり、バーサーカーの眉間と腹部を貫くように着弾――。

  しかし、バーサーカーは宝石にひるむことなく、セイバーへと更に速度を増した。

 「……嘘。まったくの無傷なんて……!」

 遠坂は逃げることなく、襲いかかるバーサーカーを忌々しそうに凝視する。
 バーサーカーには宝石が命中した痕跡すらなかった。なんて化け物。

 「ふふん。リンの魔術なんか、私のバーサーカーに効果あると思ったの?」

 イリヤスフィールは得意げに微笑む。

 「……凛、この場から離れてください」

 なんとか起き上がることができたセイバーはマスターである遠坂に退避させようとする。
 セイバーは立ってはいるも剣の支えが必要であり、戦闘可能であるとは言えない。

  仮に十秒あればセイバーが戦闘可能まで持ち直すとしよう。
  だが、その十秒はバーサーカーは遠坂とセイバーを三度は殺すことができる。

  遠坂はセイバーの忠言を無視して離れようとはしない。それではものの数秒で二人は肉塊にさせられる。

 ――それはつまるところ人が死ぬということ。

 (俺の前で誰かが死ぬだって!?)

 「やめろーーーーッ!!」

 ようやく彼女たちに辿り着けた俺はとっさに遠坂を両手で突き飛ばした。
  予想外の出来事に反応できなかったのか、遠坂はドスンと尻餅をついてしまう。

  遠坂はその状況に訳もわからず、唖然と俺を見ていた。だが、これで遠坂は目前の死から回避できる。
 セイバーも同様に突き飛ばそうとするも、――バーサーカーがいた。

  もう、どうやっても、間に合わない。俺はまた――、また誰も助けられないのか。
  巨大な斧剣が無情に振られる。

  ……俺は痛みを感じる間もなく斧剣で潰されるだろう。
  死ぬのは怖い。それ以上にセイバーを助けられないことに恐怖を覚える。
  クソ。なんて無様なんだ、俺は――。


  アスファルトが砕け散る音が夜の闇へと高く響いた――。


 ――――――――――


 ――死ぬのは酷く苦しかった。
  死ねば苦痛は感じないと思っていたが、それはどうやら迷信だったらしい。
  まるで首を閉められているかのような苦しみだ。

 具体的に言うと喉にトレーナーの襟元が食い込めんでいるような窒息感だ。

 眼下には今まで俺が立っていた道路があった。
  どうしてか、頭上から見るバーサーカーがかなり小さい。俺に突き飛ばされた遠坂はまるで豆粒だ。

 バーサーカーの振り下ろした斧剣の先に大きな亀裂があった。俺はあそこで潰されていたのだろう。 
  ゾッとするも、どうしてか亀裂の下に誰の姿も確認できない。
  俺もセイバーもだ。その事実に安心して溜息をつくもが、そうなると誰も死んでないことになる。

  しかし、この既視感はなんだろう。つい数時間前にもこんなのがあったような。

 「――ふう、間一髪です」

 なんとか首だけ後ろを向けると、射命丸文がいた。
 状況を察するに俺は文に襟首を掴まれて、宙づりにされているのだろうか。
 文のもう片方の手には装具に包まれた脚があった。
 視線を徐々に下へとスライドさせると、セイバーが振り子のようにぶらぶらと揺れている。

 ……だとすると、バーサーカーの斧剣が届くまでの刹那、文が俺とセイバーを助けてくれたというのか。
  とても信じられない。だが、ランサーから逃げ切った飛行速度を考えればあり得ない話でもない。

 「――な、離しなさい!!」

 状況を把握したセイバーがジタバタともがくが、文の見た目以上の握力によって抜け出せない。

 「離していいんですか?
  貴方は士郎さんのついでに助けたので、この手を離すのに躊躇はありませんけど」

 丁寧な言葉遣いの反面、なかなか辛辣な事を言うが、それでもセイバーはもがき続ける。

 「このまま手を離すと、おそらく頭から落ちることになりますよ?」

  「ええ、構いません!!」

 セイバーはよほどこの宙づり状態が屈辱的なようだ。

 「では、はい」

  「……あっ、おい!」

  文を慌てて止めようとしたが、その手にはもう何も掴まれていなかった。
  それどころか、ばいばいと言わんばかりに手を振っている。

 セイバーは文の言うとおりに頭から落下するも、地面に落ちる前に上体をひねってくるりと回転。
  そして、足から奇麗に着地した。再びバーサーカーと対峙する。

 予想してたが、さながら体操選手のような身のこなしだ。
 俺が唖然とする中、文はおもしろそうにその光景を傍観していた。

 「それにしても、危ないことろでしたね。流石の私もちょっとヒヤッとしました」

 文がセイバーを離して空いた手で汗をぬぐう仕草をするも、そんなものはかいている様子はない。

 「……文、トレーナーが頸動脈に食い込んでいるんだが、何とかしてくれると助かる」

 実はしゃべるのもやっとな状態だった。

 「あ!ごめんなさい!」

 文は両手を使って俺の体を抱え直す。膝の裏と背中辺りに二本の腕が回される。
  ……ん? この姿勢はつい最近経験した覚えがあるがあるような。

 何を思ったのか、文はそのままの状態で地上に降りてしまう。
 当然、俺を抱きかかえたままで、だ。
  ひょっとしたら、これは確信犯なんだろうか。じゃなければ、天然なんだろうか。
  ……今後の信頼関係の為にも、できれば後者であると信じたい。

 俺たち、いや俺だけに集まる複数の視線が痛い。
  こんな緊迫した雰囲気であるというのに血が巡り、顔が熱くなるのがわかった。

  尻餅の状態から立ち上がり、スカートの埃をはたく遠坂は呆れた顔だった。
  イリヤスフィールに至っては今にも吹き出しそうだ。

 バーサーカーを牽制するセイバーに見られなかったのは幸いと言えよう。
 だが、このどことなくサディストっぽい二人に見られるのは相当に堪える。

「……なんでさ」

 今の状態は所謂、お姫様だっこという奴なのだろう。









 後書き

 いろいろとデジャヴの巻。

  しかし、赤目のキャラが多くてボキャの少ない私には表現に苦労します。
  今までの赤目キャラは文、イリヤ、ギル様。

  『目は口ほどに物を言う』と言われているように目は重要です。
  口では直接言わなくても、目からある程度の感情は読み取ることができます。
  それは人間からではなく、言語能力のない動物からでもです。

 まぁ何が言いたいかというと目薬は小まめに差しましょう、てことで。

 2007.6.17

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