「文々。異聞録」 第12話





 「で、ここが俺の通っている穂群原学園だ」

 「ほー、これは立派な建物です。
   幻想郷にも寺子屋はありますけど、比べられるレベルじゃないです。
  生徒も数えるほどでしたし。慧音先生涙目ですね」

 俺と文は今、穂群原学園の校門前に立っていた。

 聖杯戦争の舞台となる冬木の地勢を確認するために町を巡っていたはずが、
  どういったわけか途中から衛宮士郎ガイドによる冬木観光案内に成り下がっていた。
  まぁ文も聖杯戦争より、そちらの方に興味があるようなので今回はこれで良しとしよう。

 昼下がりを使って深山町を中心に観光案内をしたが、その中でもこの学園に一番の関心があるようだ。

  俺のつたない話でさえも聞くたびに「ほー」や「へー」と感嘆の言葉を隠さずにいた。
  他の案内場所に比べて、シャッターを切る回数も心なしか多い。

 やっぱり学園というシステムは文にとって目新しいのだろうか。

 「……人があまりいませんけど、今日はお休みなんですか?」

  「ああ、今日は日曜日だから休日だ。明日からは俺も普通に行くぞ」

 いくら聖杯戦争だからといって、学園は無闇に休められない。
  生活のスタイルは崩したくないし、 それに聖杯戦争が始まった途端に
  休みだしたら聖杯戦争の関係者だと疑われる危険性もある。

 文もそのことには特に意見は無いようで、そうなんですか、と暢気な反応を示した。

 暫く話していると見覚えの姿が校門から姿を見せた。
 その負けん気が強そうな眉は美綴綾子だ。俺に気づいた途端、口元に笑みを浮かべる。

 「お、衛宮じゃんか」

  制服姿の美綴はこの季節だというのにうっすらと汗をかいており、部活の帰りだと予想される。
  それに肩には部活道具が入っていると思われる大きめなスポーツバッグを提げていた。

 「美綴か。今日は部活だったのか?」

 「ああ、今終わったところ。衛宮は休日にこんなところでどうしたんだ。……ん?」

 俺の隣にいる文の存在に気づいたようだ。……商店街に引き続いて何かまた嫌な予感がする。

  「……衛宮が知らない女の子を連れているなんて珍しいな」

 そう言って文を上から下へとじっくりと観察する。

 「可愛い子だけど、年下かな。中学生ぐらい? ……もしかしなくても、衛宮の彼女かい?
  薄々そうじゃないかと思っていたが、まさか本当に年下趣味だったとはね」

 ジロリと軽蔑するような目で俺を見る。

 「そんなわけあるか!」

 文は彼女でもないし、当然俺は年下趣味というわけでもない。
  しかし『薄々そうじゃないかと』って、過去にそんな素振りをみせたことあったでもいうのだろうか。

 ムキになって否定すると美綴はにやりと含み笑う。

 「ま、衛宮にそんな甲斐性があるわけないか。あたしは美綴綾子。
   この学園で弓道部の主将のやっている。ロリコン衛宮とは同級生で、元同じ部活の仲間だ」

 自己紹介のついでに酷いことを言われたが、放っておこう。
  俺なんかが美綴にたてついたところで余計にからかわれるのがオチだろうし。

 「ご丁寧にありがとうございます。
   私は射命丸文と言います。……これ名刺です、よろしければどうぞ」

 文は名刺を胸ポケットから取り出して美綴に手渡した。
 そう言えば昨日から何度か見たが、渡しているのは初めてみた。俺もまだ貰ってないし。
  心なしか名刺を渡す文の表情が嬉しそうに見えるのは気の所為だろか。

 社会人には見えない少女に名刺を貰うなんて面を喰らうかと思ったが、微かな動揺も見られない。
  そこは剛胆な性格の美綴らしいと言えた。

 「これはどうもご丁寧に。えっと、なになに……。
  『文々。新聞 記者 射命丸 文 〜幻想郷最速の情報をあなたに〜
   定期購読の際は直接申しつけください』」

 読み上げた名刺から目を離し美綴は再び眼下の少女を見遣る。
 暫くすると、何か納得したような顔をしていた。

  ……その表情から察するに恐らく文を学生のやる新聞部部か何かだと思ったのだろう。
  まぁ彼女の外観の幼いを見れば仕方がないかもしれない。
  でもまさか本当の事を言うわけにもいかないので黙っておこう。

 「……へえ、これで『ぶんぶんまる』と読むのか。洒落た名前だね。
   もしかして、学園一の変わり者の衛宮士郎を密着取材でもしているの?」

 「そんなところです。士郎さんには良くしてもらっています」

 「あははは! 衛宮の変人ぶりは学園の外までも轟かせたか! こいつのお人好しぶりは異常だからな」

 豪快に笑う。どうでもいいけど、俺さっきから酷いことを言われていないか?

 文と美綴は意気投合したようで、とりとめのない話をしていた。
  やれ衛宮の射は神業だったとか、やれ衛宮には部活に戻ってほしいとかそんな話だ。

  俺の話が中心のようだが、この二人に共通の話題なんてそれぐらいしかないしな。
  それを文が話を広げるためにうまく合いの手を入れるので、俺としては何とも気恥ずかしい。

 「ところで、その制服可愛いですね」

 聞き手だった文がそんなことをぽつりと漏らす。

 赤い瞳をいつも以上に輝かして美綴の制服に熱っぽい視線を送っていた。
  もしかしたら、彼女はこういった服が好みなんだろうか。
  確かに襟首のリボンやデザインが彼女の着ている服と似ているかもしれない。

 「お、穂群原学園の制服は結構独特だからな。人気あるんだ。
   だったら文ちゃんも学校卒業したら穂群原に来なよ。その時に私たちがいるかわからないけどさ」

 どうやら美綴は完全に文を中学生だと勘違いしていた。
  ……しかしそう考えると実際文の年齢は幾つなんだろうか。見た目通りというわけではなさそうだけど。
  普段は大人のような物腰を見せる聡明な彼女だが、無邪気な子供を思わせる一面もよく見せる。

 「はい、そうさせていただきます」

 言葉に社交的に笑って見せ、美綴にそう答えた。
  話を上手く合わせてくれているので、俺がフォローする必要は全くなかったな。


 ――――――――――


 「そう言えば衛宮。間桐を知らないか?
   あいつ、副主将の癖して今日無断でサボったんだ。桜にも訊いたけど昨日は家に帰ってないらしいし」

 美綴が思い出したようにそんなことを言った。

 しかし慎二か。あいつはあれでもあまり部活をサボったりとかはしないからな。
  確か昨日は俺に部室の掃除を頼んできたけど、その時に何人か女子を連れていたと思う。

 「昨日放課後に会ったけど、下級生の女子を連れて遊びに行ってたみたいだったな。
  それで疲れて休んだんじゃないか?」

 それを聞くと美綴が腕を組み、目を細める。

 「ふぅん……。ま、あいつがサボることは今にこしたことじゃないけどね。
  今度あったらもう少し副主将としての自覚を持つようにがつんと言ってやるわ」

 「はは、お手柔らかにな」

 慎二は言って聞くような奴じゃないが、そう悪い奴じゃない。
  すべきことは最後まで責任を持ってやるし、決められたルールには厳しい奴だ。

 「じゃあ衛宮、あたしは帰るよ。それと文ちゃん、衛宮をよろしく頼むよ」

 「ああ、またな」
 「はい、さようなら」

 美綴は手をひらひらさせながら、自宅の方角へと歩いていった。
  俺はその背中が下り坂に隠れるまで見ていた。

 …………。

  ……美綴の去った直後、文は学園をこれまでと違った目で凝視していた。
  僅かだが虹彩に赤い光を灯している。表情もどこか険しい。

  何か気になることでもあるのだろうか。

 「文、どうしたんだ?」

  「……士郎さん、気づきませんか? この建物おかしいです」

 「おかしいって……。あ、おい!」

 文は俺の静止も聞かずに正門をくぐって、学園内の敷地内に入る。
  今日は休日だが、それでも制服を着ていないのは些かまずい。何しろここには知り合いの教師がいるのだ。

  文を呼び止めようと学園に踏み入れた瞬間。

  ……なんだ、これ?

  空気がドロリと淀んだ。
  肌にまとわりつくような粘着質。鼻腔を刺す噎せ返るような甘ったるい臭い。

  酷く、気持ち悪い。

 「文、これってまさか……」

  「はい、魔力がこの場に滞留しています。
   十中八九聖杯戦争の関係者によるものだと思っていいでしょう。
  ……そうですね。何かしらの効果を持つ結界が学園全体を覆うように張られています」

 「結界だって?」

 「ええ、効果は不明ですが、この異質な空気。外敵から守るための物じゃありません」

 「じゃあ、なんだっていうんだ!」

 激情に駆られる俺とは違い、文は酷く落ち着いた様子で首を横に振った。

  「それはわかりません。
   結界の基点になっている呪刻を調べれば多少のことはわかるかもしれませんが、
  私は魔術には聡くないので詳しくはわからないでしょうね。
  ……ただ、この結界は発動前です。
  恐らくですが、一度発動してしまえば建物の人間はただで済まないはず」

 「なんだって……!」

 「こんな風に簡単に悟られる場所に結界を貼るなんて、
   無能なのか誰かを挑発しているのかのいずれかと考えればいいでしょう」

 「クソ! なんだってこんなものを!」

 ……許せない。ここには俺の知り合いもたくさんいる。それだけじゃない。
  聖杯戦争に関わる誰かが何も関係のない人を巻き込もうとしている。
  それは衛宮士郎にとっては、もっとも恐れていたことであり、許せないことだ。

 「昨日もこんな感じでしたか?」

  「……いや、昨日はこんなんじゃなかった気がする」

 「ふむ、ではこの結界が貼られてからまだ時間が浅いと考えていいでしょうね。
   ……わかりました。私が詳しく探りを入れてみます」

 文の思いも寄らない発言に驚かされる。

 「任せていいのか?」

 「ええ、私はブン屋ですから調査は大得意です。
  では士郎さんは先に帰っていてください。いろいろと用意するものがあるので」

 「何か手伝えるなら手伝うぞ」

 学園がこんな状態なのに何もしないで、すごすごと家に帰るなんて真似はしたくない。
 だが、文は再び首を振って拒否をする。

 「いえいえ、士郎さんの手を煩わせるほどではありません。
   というより、人手があればいいということでもないですしね」

 ……文は何をする気なんだろうか。

  その目は無垢な輝きを灯らしてる。そこに邪なものは一つもない……と思う。
  悪いことではないのだろう、多分。

 「……ああ、じゃあ俺は先に帰って夕飯の支度でもしておく」

 何もできないでいるのは悔しいが、必要ないと言われたのだ。
  無闇に文の足を引っ張るような真似はしたくない。

 「ふふ。楽しみにしていますね」

 目を細めて怪しく微笑を浮かべる。
 その笑みにドキっとさせられたが、できるだけ平静を装って学園を後にした。
  普段から笑みを絶やさないでいる彼女だが、たまに見せる妖艶さとでも言うのだろうか。
  そんな微笑にドギマギさせられてしまう。

 ……美綴に言われたことも強ち否定できなくなってきたな。


 ――――――――――


 自分の新たな一面に動揺しつつも、夕食の準備を進める。
  文と別れて3時間程経ち、外もすっかり暗くなったが彼女はまだ帰ってこないでいた。

 冬と言うこともあり、今晩はビーフシチューを作った。
  はじめはホワイトシチューを作ろうと思ったが、それだと鶏肉が必要になる。
  文も寒い中でいろいろとやっているので、こんな煮込んだ熱い料理が丁度いいだろう。

  洋食はあまり得意ではないが、まだ外が明るい内から下ごしらえをしたので美味く作れたと思う。
  シチューを作る際に余ったジャガイモでポテトサラダを作り、後はパンを焼けばいいだろう。


 そして、夜の七時に差し掛かった頃に文が帰ってきた。
  いつもに増して上機嫌な様子で、行きとは違って片手に大きな紙袋を携えている。
  お金は渡していないはずだが、どこで何を手に入れたのだろうか。

 「ただいま戻りましたー。おや、良い匂いがしますね」

 「ああ、おかえり。
   寒いと思ってビーフシチューを作ったんだ。ところで、その紙袋はなんだ?」

 「おお、それは美味しそうですね。これは明日までの秘密ですー」

 そう言って、紙袋を掲げるも、中は見せてくれなかった。
  そのまま機嫌良さそうに自室へと姿を消す。……何かよからぬ事を考えてなければいいんだけど。

 彼女は基本的にはニコニコしていて人当たりも良いんだが、
  その反面考えていることは全然読めないし、感情の類もあまり表に出さない。

  ……良い奴なのは間違いないと思うけどな。多分。







 後書き

 久しぶりの更新でーす。半月ぶりぐらい?
  今回も繋ぎとなる話で、内容自体はほのぼのレイク。

 というか、繋ぎの話は細部までは考えてないので、
  プロットもなにもなしに書いています。矛盾が生じなければいいんですけど。
 ……イリヤの水着姿に一番ドキドキしたといった士郎君は絶対真性だと思うんだ。

  まぁアレは士郎の皮を被ったアヴェンジャーなので、彼の性癖であることも捨てきれませんが。

 2007.7.30

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