「文々。異聞録」 第23話



 ――俺の名前は衛宮士郎。

 普段は学園に通う普通の学生でしかない。
  正体は何者だって?
  ……そうだな。魔術師であり、正義の味方とでも言っておこうか。

  俺は今聖杯戦争に巻き込まれている。
  7人の魔術師が万能機である聖杯を求めて殺し合うという何ともくだらない揉め事だ。

 聖杯戦争に参加する魔術師は願望機の力を借りて、サーヴァントを召喚する。
  それは過去の英雄――、すなわち英霊を召喚して己の使い魔とするのだ。

  そして俺のパートナーは射命丸文という天狗の少女。なかなかの美少女だ。
 だが、見た目が可愛いだけじゃない。見た目とは裏腹にかなりの腕っ節をもっている。

  ま、それでも俺ほどじゃないがな。

 初めて戦ったのはランサーという槍の使い手。
  彼の振るう槍はかなりのスピードだったが、俺の神域の眼にとってはなんてことのないもの。
  容易くその槍をつかみ取り、驚愕するランサーの顔面に拳をめり込ませてやった。
 ランサーは捨て台詞を吐き脱兎の如く逃げ去ったが、見逃してやった。
  逃げる相手を追うのは好みじゃない。俺の敵は勇敢な獅子であって、兎ではない。

 次の日、いつも通り俺は学園に行った。
  聖杯戦争なんて些末事に俺の生活スタイルを崩されるのは我慢ならない。
  俺にとっては学園に敵のサーヴァントが襲撃しようが、さして問題じゃない。容易く撃退できる。

 廊下で遠坂凛とすれ違った。彼女もまた聖杯戦争のマスターだ。
  腐れ縁である彼女は、何かあると直ぐ俺にちょっかいを出してくる。所謂ツンデレという奴だろう。
  俺に惚れているのはバレバレなんだが、ワザと気づかないふりをしてやってる。

 昼休みは下級生の女子生徒と昼食を食べた。
  彼女の名前は間桐桜。ふとしたきっかけで知り合った少女だ。
  いつもは大人しい性格なんだが、俺が他の女子と話すだけで嫉妬の視線を送ってくるのが困る。
  当然だが、俺に惚れている。

 夕食は桜に加えて藤村大河という俺の便宜上の保護者と一緒に食べることが多い。
  料理は交代制なんだが、この藤ねえだけはどうしても自分で作ろうとはしない。困った奴だ。
  当然だが、俺に惚以下略。

 夜は聖杯戦争のため、街を散策。
  そこでバーサーカーという巨人、そして雪のように白い少女と遭遇した。
  彼女もまたこのくだらない聖杯戦争に巻き込まれた哀れな子なんだろう。
  だが、俺という男に出会えたのだ。その運命という名の鎖を引きちぎってやる!

 イリヤスフィールと名乗る少女は何故だが俺に熱っぽい視線を送ってくる。
  俺はバーサーカーを巧みなステップで翻弄しつつ、少女に視線を返した。
  途端、少女が顔を赤くした。しまった!俺の眼には魅了の効果があるんだった!!

 ただバーサーカーは強かった。並の力じゃ倒すことはできないだろう。
  俺は左手に封印した暗黒の力を解放し、バーサーカーを討つ!!

 「うおぉぉぉぉ!左手の暴走が止まらない!!」


 ………………。


  文は与えられた自室でグラスを片手に原稿と向かい合っていた。
  グラスには外界に来る際に持ち込んだ天狗の酒が注がれている。
  かなりのアルコール度数を誇るが、うわばみの天狗にとってなんてことはない。

 間桐家から帰宅した文は熱い風呂でその日一日の疲れを癒した。
 二千メートルの所に何時間も飛んでいたのだ。妖怪とはいえ、疲労はある。
  そして、今は日本酒を飲みながら原稿を書くという多幸感の中にいた。

 風呂上がりで酒を煽る少女。頬を赤く上気させており、どこか艶っぽい。
  彼女の着るパジャマは士郎が用意したものである。
  ピンクを基調とした女の子らしいデザインであり、少女によく似合っていた。

 ちなみに彼女が今書いているのは新聞に連載しようと考えている小説。
  外界の新聞を読んで記事だけではなく、コラムや小説といったコンテンツの豊富さに影響されたのだ。
  それに連載という形式ならば続きが気になって定期購読をしてくれる読者が増えるかも知れない。

  故あって聖杯戦争という奇天烈な体験をしているのである。記事だけでは少々もったいない。
  少々の脚色を加えて荒唐無稽な小説にでもすればより面白いだろう。そんな企みがあった。

 物語の主人公は当然衛宮士郎であり、許可なんてものは取ってない。
  タイトルは『俺と聖杯戦争』――。
  魔術師の顔を持つ衛宮士郎が少女に言い寄られつつ、サーヴァントを打倒していく話だ。
  繰り返すが、脚色はほんの僅かだ。

  思いの外筆が進み、傑作が生まれるという予感が文にはあった。
  ……ちなみにこの時の彼女のテンションは変な方向に入っていたことは言うまでもないだろう。

 (……こ、これは士郎さんにも見せなければ!)

 有頂天の文は原稿を手にとり、士郎の部屋へふらふらと歩いていく。
  今は深夜をかなり回っている。
  それ以前に士郎は怪我をして寝ているが、そんなことはすっぽりと抜け落ちていた。
  寝ぼけ頭に加えて満身創痍の身でこんな怪文書を読まされる士郎もたまったものじゃない。

 「士郎さーん! これ見てくださいー!」

 文は勢いよくそして遠慮なしに士郎の部屋の襖を開ける。だが、そこに士郎の姿はなかった。
 きょろきょろと周囲を見渡すが、やはり誰もいない。

 その僅かな逡巡。
  文は冷や水を浴びたように正常な思考を取り戻す。
  そして考えが甘かったことを痛烈に悟る。

  士郎は間桐慎二に会うために聖杯戦争が活発となる夜の街へと出かけたのだ。
 まさか士郎がそこまで慎二に執着しているとは文にとって計算外だった。
  あんな歯牙に掛ける必要もない人間にどうしてそこまでする必要があるのか。

 文は着替えることすら忘れて、部屋の窓から外へと飛び出した。


 ――――――――――


 「――うわああ!!」

 バーサーカーの斧剣がコンクリートで舗装された道路を次々と破壊していく。
  そして、その凶器を俺は時折転びそうになりながらも何とか躱す。
  イリヤスフィールはその光景を遠くからくすくすと楽しそうに見ていた。

 ここは新都に通じる冬木大橋の近くにある住宅街。
  前回、バーサーカーとセイバーの戦闘があった場所からそれほど離れていない所だ。

 ――俺は今バーサーカーに襲われている。
  慎二に探すために新都を散策した帰り、イリヤスフィールとバーサーカーが突如現れたのだ。
  まるで俺が来るのを待ち構えていたような絶妙なタイミング。
  そして、彼女は挨拶もほどほどに問答無用で襲いかかってきた。

  もちろんバーサーカーは本気ではない。
 仮に本気を出したのなら俺なんてコンマ数秒で肉塊と化しているだろう。
  イリヤスフィールが手加減をするように命じているのだ。
 バーサーカーにそんな器用な真似ができるのかとどうでもいいことに感心している。

 くそ、このままでは慎二に会うどころの話じゃない。
  下手をすれば何もかもがここで終わってしまう。

 「お兄ちゃん、このままだとバーサーカーにぺしゃんこにされちゃうよ」

 イリヤスフィールが鈴のような声を鳴らした。


 ……息は既に上がっていた。
  ライダーに負わされた体中の傷が熱を伴って痛み始める。
  その激痛により全身がバラバラになりそうだ。このままでは追い詰められるのも時間の問題。

  それにどうやら俺は逃げる方向を限定されているようだ。
  フォックスハンティングの狐のようにどこか特定の場所に追い込んでいるのだろう。
  ……俺の記憶が確かならば、確かにこの道をいくのは拙い。
 走る方角を急転換しようとするが、その途端バーサーカーの攻撃が鋭くなり失敗する。

 ……気づけば目の前に壁があった。行き止まり――、袋小路。
 どうやら俺は初めからこの場所へと移動するように誘い込まれていたようだ。

 「――もう後がないよ、お兄ちゃん」

 遠巻きから見ていたイリヤスフィールがバーサーカーの隣へと並ぶ。
  バーサーカーは攻撃を中止して、少女を庇うように静止する。

  後ろには壁、数メートル先にはバーサーカーとイリヤスフィール。
  この状況はどう考えても絶体絶命。だが、俺には一つ腑に落ちないことがある。

 「イリヤスフィール、何が目的だ」

  「イリヤスフィールだとちょっと呼びにくいから私のことはイリヤでいいわ、シロウ」

  「……じゃあイリヤ。なんでわざわざこんな真似をする。
  俺を殺そうと思えばいつでも殺せるはずだ」

 「だって、こんな事でもしないとシロウとゆっくり話せないじゃない。
   昼間に城を抜け出して、シロウを捜したけどいなかったわ。……ね、シロウ。お話しましょ?」

 …………。

 イリヤの思いがけない発言に俺はきょとんとする。

 少女のその口調は命令するようなものではなく、どちらかというとお願いに近かった。
  彼女の顔にはいつもの冷酷な無邪気さだけではない。
  親に無理を懇願するような年相応の子供の顔も混じっている。

 ……その思いがけない事に俺は今相当間抜けな顔をしていることだろう。

 俺がいつまで経っても返事をしないことに少女が眉を下げて困っていた。
  ひょっとしなくとも、俺に断られるのを恐れているのだ。
 今イリヤは絶対的優位に立っており、俺をいつでも殺せる立場にいる。
  だけど『話がしたい』なんて小さな事をどうして悲しそうな顔で聞いてくるんだ。

 その顔をそれ以上見ていらなかった。
  そして、イリヤに話しかけようとした時だった――。

 「――何やってんですか!」

 突如、頭上から声が聞こえてきた。
  聞こえてたと思ったら、声の主は瞬く間に俺とバーサーカーの間に対峙する。
 俺を庇うようにバーサーカーと向き合う少女――文だ。

 突然の来訪者にイリヤはムッとした表情をした。
  俺と話がしたいという彼女にとっては邪魔者以外の何物でもないんだろう。

 「士郎さん!私の書き置きを見たでしょう!
  なんでこんなところでこんなことになっているんですか!どう見ても絶体絶命じゃないですか!」

 「あ、ああ。すまない」

 文が今まで見せたことのない剣幕で俺を糾弾する。
  その迫力に思わず反射的に謝ってしまった。
  だけど、気になったことがあるのでその事を先に言ってしまおう。

 「それよりも文、そんな格好で出歩くと風邪を引くぞ」

  少女は俺が貸したパジャマを着ており、何故か裸足だった。
  家が火事にでもならない限りはこんな格好で外には出歩かないだろう。

 俺の何気ない発言に文がぴきりと青筋を立てる。
  なのに顔はいつも以上に笑っているのが、余計に怖い。

 「こんな格好で出歩く原因を作った人が言わないでください!!」
 「ごもっともです。ごめんなさい」

 全く持ってその通りだった。土下座せんばかりの勢いで間髪入れず謝罪。
 文の顔を気まずくて見ていられなくなり、視線を逸らすと俺たちを見ていたイリヤが唖然としていた。
  確かに敵サーヴァントの前でこんなみっともない醜態を見せられれば唖然としたくなる。

 だが、少女の反応は思わぬものだった。

 「あははは!お兄ちゃんのサーヴァントって面白いね!」

  イリヤが本当に可笑しそうに俺たちを指差して笑う。

 「あんな小さな子に笑われちゃったじゃないですか!
   今まで築き上げた私のクールなイメージが台無しですよ!」

 イリヤの反応に文が顔を赤くして俺をなじるが、彼女にそんなイメージがあったのだろうか。
 なんだか今日の文は表情をころころと変えるところが、人間味があって面白いな。

 「……なあイリヤ。俺と話がしたいんだよな。だったら、ここだと寒いし家に来ないか?」

 文の肩越しに少女へと話し掛ける。

  重ね着をしていても凍みるような寒さを感じるこの季節だ。
  文にパジャマ姿で裸足のままいさせるというのは些か拙い。
 頭に慎二の事が浮かぶが、この後探しに行くのは流石に文に止められるだろう。
  それに文は慎二に会っているはず。あいつが今どこにいるのかも聞きたい。

 ……そんな俺の発言に文とイリヤが目を丸くして驚いていた。

  あれ?俺そんなに変なこと言ったか?
  誰かに意見を求めようと何となくバーサーカーを見たが、そこには物言わぬ置物があるだけだった。


 後書き

 ライダー戦も終わり、新しい展開に突入。
  今までシリアスな内容だったので、今回はギャグテイスト。
  序盤の駄文は気にしないでください。つっこんだら負けです。

 2008.2.18

next back