「文々。異聞録」 第38話



 セイバーのエクスカリバーから放たれた凄まじい光の奔流。
  膨大な魔力は光となり、光は断層となった。
  光の断層はありとあらゆる対象を焼き尽くし切断する。

  バーサーカーを容易く貫いた光の断層は凍土を焼き払い、アインツベルン城を半壊させた。
  様々な霊的な結界も施されてたであろう魔術師の城も今や大半が瓦礫の山と化している。
  崩壊によって巻き上がる土煙により、辛うじて免れた部分も飲み込まれる。

 そして、いかなる攻撃も届かなかった鋼鉄の巨人の姿はもう見る影もなかった。
  焼け果てた大地に横たわるように転がった巨大な消し炭――。
  状況から察するにそれがバーサーカーだったものであろう。
  五体が残ってなければ、それが何であったのかすら判断出来なかったかもしれない。
  幾ら何でもこれでは再起不能だ。
  バーサーカーの宝具『十二の試練』でもこうなってしまえばどうにもならない。

  圧倒的な破壊力に誰もが声を上げずに見張っていた。宝具の担い手であるセイバーを除いて。

  これがセイバーの宝具『エクスカリバー』の威力。
  刀身の長さ90センチ、幅12センチ――。
 風王結界という鞘から解き放たれた聖剣は豪奢な装飾が施されておらず、
  人々の願いによって産まれた伝説の剣と呼ぶにはあまりに無骨な姿だった。
  しかし、その剣には誰の目も惹き付けるような美しさがある。

  そのエクスカリバーの担い手はあまりも有名な人物。
  ブリテンの王にして、一二人の円卓の騎士を束ねた騎士王。
  ――アーサー・ペンドラゴン。
  あんな小柄な少女が誰もが一度は耳にしたことのある伝説のアーサー王だと言うのか。
  ……信じられない。信じられないが、聖剣がそうであると示していた。


 「あんたの拠点がこんな森の奥で助かったわ。
   もし町の中だったら、対城クラスの宝具はとても使えないもの」

 確かにエクスカリバーを市街地で使ったならば、これまでで最悪の被害を招いただろう。
  そんなことは遠坂という少女が許すはずもない。
  どうやら彼女はこの途方もない威力からセイバーの宝具を持て余していたようだ。

 「……凄いですね。
   あれがサーヴァントの切り札である宝具ですか。
  あそこまで高出力の火力だというのに発動に一秒も掛かっていない。
   出来ることならば立ち会いたくない相手だわ」

 文も手放しでセイバーを賞賛する。
  他人を貶めるような発言の多い彼女には珍しいことだった。
 だが、こうしてバーサーカーが脱落した今、次の相手は俺たちになるかもしれない。


 ――――――――――


 そして、イリヤは俯いて肩を振るわせていた。無理もない。
  たった一撃たった一撃で、サーヴァントを失いここまで手痛くやられたのだ。

 「……やってくれたわね。
   バーサーカーの命を九つも奪うなんて。ここまでの屈辱は初めてよ」

 …………なんだって?

 「な……ッ!」

 その言葉にならない声は誰のものだったか。
  遠坂か、セイバーか、それとも俺のものだったかもしれない。

 「バーサーカー! いつまでそうやってるの!!
   さっさと起き上がって殺される前に殺しなさい!!」

 イリヤの全身に刻まれた令呪が赤い光を灯して浮かび上がる。
  そのイリヤの令呪に反応するように、消し炭だった筈のバーサーカーが立ち上がった。
 焼け焦げた巨人の眼窩が金色に光り、けたたましい咆吼を上げる。

 『■■■■■■ッッッ!!!』

 炭化した皮膚組織が、その怒号と共にボロボロと崩れ落ちていく。

  そして、焼けた痕の一つもないバーサーカーがそこにいた。
  更にイリヤの令呪によって狂化を発動させ、格段に身体能力を向上させている。

 エクスカリバーを以てしても、バーサーカーの殺しきる事は出来ないとでも言うのか。
 そんな馬鹿な事があるわけがない。だけど、そんな馬鹿な事が、たった今現実として起こっている。

 「……ふざけてる。なんだって言うのコイツ!」

 遠坂がバーサーカーの出鱈目さに狼狽するも、相対するセイバーは至って冷静だった。
 棒立ちのバーサーカーに抜き身となったエクスカリバーで真っ向から斬り落とす。
 ――が、駄目。
  バーサーカーが今までを超す速度で、剣の腹を殴りつけた。
  ギシリと音を立て、聖剣が軋む。
  巨人の並外れた膂力ならばエクスカリバーでさえもへし折れるだろう。

 バーサーカーは未だ熱を持つ地面から斧剣を拾い上げ、セイバーに叩き付ける。
  ……その斧剣はこれまでの度重なる酷使により切れ味は失っているが、
  バーサーカーにとってそれはさして問題ではない。
  己の膂力に耐えうる強度さえあれば斬れようが斬れまいが関係ない。
  ただ、眼前の敵を叩き潰せればいい。

 セイバーは斧剣を剣で受けずに距離を取って躱した。
 バーサーカーは振り抜けた反動を一切感じさせずに、連続して振るう。
  セイバーは攻撃を決して受けようとはしない。卓越した体捌きで完璧に躱し続ける。
  狂化したバーサーカーの攻撃を受けに回ればそのまま押しつぶされてしまうからだ。 

 セイバーは小さい体を活かして、バーサーカーを翻弄しようとするが、
  巨体からは考えられない俊敏さでそれすらも許さない。
  セイバーもバーサーカーと同じく圧倒的な身体能力で相手を一気に潰すタイプだ。
  しかし、バーサーカーはその更に上を行く実力を持っている。
  それにこのような障害物のない開けた場所だと、そこが顕著になった。
  セイバーはバーサーカーとすこぶる相性が悪いのだ。

 「あはは。逃げ回るだけじゃわたしのバーサーカーには勝てないわよ」

 エントランスの段差に座り込んでいたイリヤがセイバーを挑発する。
  戦闘中に腰を下ろすなんて愚かしい行為でしかないが、
  仮にセイバーがバーサーカーを無視してイリヤを狙おうとしてもそれは不可能だろう。
 バーサーカーから僅かでも目を離した瞬間にやられてしまうのがオチだ。

 戦況は堂々巡りの様相を呈し始めた。
  バーサーカーは斧剣を振り、セイバーがそれを避ける。
  回避の間合いではセイバーがバーサーカーの懐へと斬り込むのは難しい。

  ……この状況を打破するにはどうしたらいいか。
  遠坂の魔術はバーサーカーに通用しない。
  バーサーカーの頭を吹っ飛ばした宝石を幾つも持っていると思えないし、
  あるのならとっくに使っているはず。

 俺が割って入ろうにもバーサーカーに太刀打ちできるわけがない。
 隣で傍観している文は何がどうなっても動かないだろう。
 そもそも彼女には遠坂たちを助けてやる義理もないし、何のメリットもない。

 だとすると、戦況を翻す手段はもう一つしか残されていない。
  そう。セイバーは理性を失ったバーサーカーには持ち得ない宝具がある。
  それだけがこの場を切り抜けて、バーサーカーを倒す唯一の方法。

 「リン、宝具をもう一度使います! 発動の許可を!」

 その存意とほぼ同じタイミングでセイバーは二度目の宝具使用を求めた。
  今もセイバーは斧剣を振るうバーサーカーから目を離さない。
  会話一つとってもバーサーカーが相手では紛れもなく命取りになる。

 「駄目よ! 二日で三回も使用したら魔力が尽きてしまうわ!」

 遠坂の魔力量でもエクスカリバーはそう何度も頻繁に使えるものではないようだ。
  あれだけの破壊力。莫大な魔力を消費するのも至極当然であろう。
 そして、サーヴァントはマスターの魔力によって存在を保っている。
  魔力切れを起こしたサーヴァントに待っているのは緩やかな死でしかない。

 「ですが、このままでは千日手になる。
   ……いえ、悔しいが私の腕ではバーサーカーに接近戦は勝てない」

 今は呼吸を乱さずに話し続ける事が出来ているが、それも時間の問題だ。
 セイバーはバーサーカーを睨む。
  奥歯が砕けるほど噛み締め、悔しさを飲み込もうとしているのが俺にも読み取れた。
  それはパートナーである遠坂も充分に伝わっただろう。

 「――いいわ。でもその代わり確実にバーサーカーを仕留めなさい」

 「はい。必ずや打倒して見せます」

 セイバーは要求に力強い返事で答えた。

  風王結界から解かれたエクスカリバーは開放に一秒も必要としない。
  だが、一秒もあればバーサーカーはセイバーをミンチにすることが出来るだろう。
  勿論、彼女もそれを理解している。

 それでもセイバーはエクスカリバーを中段に構えた。
  急激に魔力が込められていくのがわかる。
  その状態で彼女はバーサーカーの薙ぎ払いを刹那で見切り、紙一重で避けた。
  紙一重で避けた一撃はセイバーの外套を切り裂き、鮮血を散らす。
  アサシンの時と同じく、バーサーカーの攻撃は完璧に躱したようでも剣圧により肉を裂く。

  そして、紙一重で回避したことにより僅かな隙を得た。だが、それだけあれば充分。
 一瞬の隙を突いて、セイバーは再びエクスカリバーの真名を開放する。

 ――――。

 同じフィルムを再生するようにバーサーカーが魔力を持った光に飲み込まれる。
  2メートルを軽く超す巨体が一瞬の内に見えなくなった。

 そんな中、これまで一連の遣り取りを見ていたイリヤは何もせずただ戦闘を傍視するだけだった。
  堪えきれない笑みを噛み殺すような意地の悪い顔。
 バーサーカーに対する根拠のない信頼ではなく、裏付けのある絶対の自信があった。


 ――――――――――


 バーサーカーは無傷で立っていた。

  全身から煙が上っているが、ダメージを負っているようには見えない。
  宝具の不発――――、ではない。
  証拠にバーサーカーの背後にあった森を焼き払らわれ、先の見えない道が作られていた。
  モーゼをなぞらえたような奇跡はセイバーのエクスカリバー以外は再現不可能だろう。

  信じがたいが、セイバーのエクスカリバーは効果が無かったとしか思えない。

 そして、バーサーカーは再び斧剣を振るう。先の続きを再開するように。
  セイバーはその眼前の怪異に茫然とした様子だったが、振り下ろされた斧剣に辛うじて対応する。
 しかし、その動きは明らかに今までの繊細さを欠いており、それどころか息を切らせている。

 「――クスクス。
   もう魔力切れなの? セイバーってそんな小さな体で意外と燃費が悪いのね。
  それともリンも魔力が少ないのかしら。まあ、どうでもいいわ。
  そう。だって、二人ともここで死んじゃうんだから」

 イリヤが今まで抑えていた愉悦を纏めて吐き出すように破顔一笑する。
 無邪気な子供が笑うようで、それでいて身の毛もよだつ凄惨なさも含まれていた。

 「……どうしてなのよ」

 セイバーと同じ顔をした遠坂が抜けるように漏らす。

 「あはは。いい反応よ、リン。
   何も知らないで死んじゃうのはちょっとだけ可哀想だから、教えてあげるわ。
  バーサーカーの宝具『十二の試練』は11の命のストックだけが能力じゃないの。
  ――もう一つの特性。
  バーサーカーは一度でも受けた攻撃は耐性が作られて二度目と通用しない。
  だから、二回目のエクスカリバーはただの魔力の無駄遣いに終わったわけ。
  それを知ってたからもう笑いを堪えるのに必死だったわよ」

 イリヤが勝ち誇ったように哄笑を上げた。

 セイバーは何とかバーサーカーの攻撃を避け続けていたが、端から見ても限界だった。
  魔力切れの影響だろう。
  目の焦点が定まっていないし、剣を構える手に力がない。立っているのもやっとに見える。
  それなのにバーサーカーの攻撃を回避し続けていた。騎士王としての矜持なのか。

  そして、数分が過ぎた頃。
  セイバーは大振りの横薙ぎを腹部に受けてしまう。
 斧剣の先端が魔力で編まれた甲冑を容易に貫通し、横腹を抉り潰す。

 刀身の切っ先には血肉がこびり付いていた。
  切れ味の悪いことが、セイバーにとって逆に恨めに出たのだ。
 それでも――、セイバーは倒れなかった。
  崩れ落ちそうな体を剣で支えて、己のマスターである遠坂を庇うように立ち塞がる。

 「セイバー!!」

 後方に控えた遠坂が金切声を上げた。

 「……あーあ。これはもうバーサーカーの勝ちかしら。参りましたね。
   どちらかというとセイバーの方がまだ楽に戦えそうな相手でしたけど」

 文があっけらかんと誰もが噤んでいた現実を話す。そこに一欠片の情も感じられない。

 セイバーはもう次のバーサーカーの攻撃には耐えられない。次の一撃で確実に命を落とす。
 だったら、だったら俺のやるべき事は一つだけだ。目の奥がカアッと熱くなり、体が自然と動き出した。

 だが――。

 「おっと。行かせませんよ」

 俺の腕を文が瞬時に掴む。
  華奢な外見からは信じられない握力によって、振り解くこともできない。

 「文、離してくれ」

 「駄目です。ここでむざむざ士郎さんに死なれたら何もかも興ざめですから。
   それと確認の為に言っておきますが、今回は彼女たちを助けませんよ」

 口許は薄く笑みを作っているものの、その目は本気だった。
  こいつは本気でセイバーを見捨てる気だ。

 「だったら、その手を今すぐ離せ!!」

 思わず激情に駆られて声を荒げてしまう。それに文は呆れ果てたように肩を竦めた。

 「言っても無駄かも知れませんが、今あそこに行って何が出来るというのですか?
   士郎さんはバーサーカーにしてみたら路傍の石にも足り得ません。
   その程度の存在が困っている人間を助けたい? 笑わせてくれますね」

 文の目の色が別のものに変わった。

 「力を持たない弱者の分際で烏滸がましい。その態度、鼻につくわ」

 俺を見つめる文の双眸はキャスターを見下した時のものだった。
  冷酷な瞳に映る俺はどれだけ情けない顔をしているのだろうか。

 「…………」

 そして、胡乱と立ち尽くすセイバーの脳天に斧剣が触れようとした――。
  ……どうやっても間に合わない。
  無力な俺は目を逸らさずに彼女の最期を見届ける事しか出来なかった。
 脳漿を撒き散らすセイバーを観て、俺は吐き気を覚えるほどの失望感に囚われる。


  ……だが、そこにセイバーの姿はなかった。
  高速移動ではなく、文字通り跡形もなくこの場から掻き消えていた。
  標的を失った斧剣が大地に勢いよく突き刺さり、衝撃によってクレーターを作る。

 一体、何が、起こった?

 空間転移なんて大魔術は騎士であるセイバーには到底不可能。
  優秀な魔術師でしかない遠坂にもそれは無理だ。だとするとそれは。

 「――ッ! 令呪ね!」

 いち早く理解したイリヤが叫ぶと同時に立ち上がり、遠坂のいる方角を忌々しそうに睨む。
  だけど、そこに遠坂の姿はなかった。セイバーのようにどこか消えてしまっていた。

 「あいつ……! バーサーカー!
   リンはまだその辺に居るわ! 今すぐに追いかけて殺しなさい!」

 アインツベルンの森を結界で管理するイリヤには遠坂の居場所がわかった。
 それに令呪の効力はサーヴァントに対してだけであって、術者には及ばない。
 遠坂はセイバーをどこかに転移させた直後、自分の脚で戦線から離脱したのだ。
 しかし、相手はバーサーカー、人間でしかない遠坂が逃げ果せる確率は1パーセントにも満たない。


 「あんな雑魚、放って置いたらどう?」

 駆け出そうとするバーサーカーの行く手を遮ったのは文だった。
  いつの間にかここを離れて、巨人と対峙している。
  その周囲は不自然な風が起こり、砂塵を撒き散らしていた。

 イリヤは虚を衝かれたようにきょとんとするが、直ぐに口角を吊り上げた。

 「ええ、そうね。
   リンなんかとの鬼ごっこで、お兄ちゃんたちを待たせるのも悪いもの。
  いいわ、存分に遊びましょう。もっとも夜が明けても家に帰ることが出来ないけど」

 「そういうこと。さあ、掛かってきなさいな!」

 翼を大きく広げて、戦闘態勢に入る。
  いつもと同様に微笑は浮かべるが、そこに慢心は含まれていないようだった。
 対するバーサーカーも敵性と判断したのか、けたたましい咆吼を上げ、大気を響かせる。

 茫然と立ち尽くす俺にできることは何もなく、ただ見ているだけだった。
  ……文に掴まれていた腕がじくじくと曖昧な痛みを伝えた。







 後書き

 今回の話を書きながら、思っていたですけど、
  士郎ってバーサーカーの事は割とどうでもいいと思ってますよね。
  凛ルートでギルガメッシュにバーサーカーが倒された時も傍観するだけで助けに入らなかったし。
  そのくせ、イリヤが死に瀕した時は猛ダッシュですよ。
  バーサーカーの何が悪いっていうんだ!やっぱり見た目か?!見た目なのか?

  そもそも本編で死ぬ覚悟で士郎が助けようとした人って、女の子ばかりだったような。……うーむ。

 2008.9.10


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