「文々。異聞録」 第50話








 ――故にそれは、なるべくして、なったのだろう。







 ――――――――――


 セイバーの正体は言うまでもなく、彼のアーサー王である。
  アーサー王は選定によって選ばれた王であり、そしてブリテンの地の英雄であった。
  一度アーサー王が戦場で剣を掲げれば、自軍の兵士を鼓舞させ、敵軍を恐怖で染め上げる。

  その影響力たるや、千を超え万の軍勢にも勝るものであろう。

  恐怖に染まった敵勢は、次々と伝播し震い上がる。
  その為、恐慌状態に陥った敵兵は時に味方をも勝るもの。
  故にセイバーは単身による戦闘よりも、複数の相手にこそ持つべき力を発揮すると言えた。


 だが、此度セイバーが迎え撃つのは剣群。
  男の宝具である『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』。

  豪奢な甲冑に身を包んだ男の背後に控える剣群は、対象を破壊するための道具。
  そこには何一つの意志もなく、思想などは存在しない。
  だが、剣群に秘められた力は、森羅万象有象無象の一切を貫き、一振り一振りが傾国をも可能とする。

 その『王の財宝』による力は、10年前の聖杯戦争において、
  征服王イスカンダルが率いた一騎当千であるマケドニアの古強者でさえも、悉く退けた。
 その一人一人が、かつてイスカンダルと共に戦った掛け値なしの英雄であるというのにだ。


 …………。


 「は、どうしたセイバー。先程よりも動きが鈍いぞ」

 セイバーが躱した十を数える剣群が、公園の地表を根こそぎ削り取る。

  如何にセイバーと言えど、迎え撃つには分が悪く間合いを広く取りつつ、回避するのが常套。
  セイバーの耐久性を持ってさえも、一撃で死へと誘う場合もある。
  仮に急所から外れたとしても、全てが伝説に名を連ねる聖剣魔剣であり、様々な呪術が付与されている。
  中にはかすり傷でさえ、命を奪う効果を孕むものも存在しているだろう。

 セイバーは、射命丸文との戦いにおいて、消耗はあるが致命的な一撃は受けていない。
  自身の宝具である『エクスカリバー』も放ってはおらず、力の根源である魔力に関しての問題は無い。
  決して、万全とは言えないが、連戦をするには十分な余力を残していると言えよう。

 セイバーは男に翻弄されるばかりで、反撃の糸口は掴めていなかった。
  不用意に間合いを詰めれば、それだけ矢面に近づくことになる。迂闊な行動は決してできない。

  男は背後に百を超える剣群を常に残し、放つ度にまた新たな宝具が補充されていく。

 「では、次は20といこうか。ほら、躱してみせるがいい」

 背後に控えていた数十の剣が、セイバーへと矛先を向け、次々と放たれた。
 剣群と言うも射出された宝具は、剣であり、刀であり、槍であり、斧であり、はては鈍器でもあった。
 そしてその全てが、究極と呼んでも遜色のない力を内包していると言っても過言ではない。

 セイバーはここに来て転化を見せた。

 彼女の敏捷性と機転があれば、如何に速かろうが
  回避に専念する以上、単純に射出されるだけの攻撃では倒しきるのは難しい。
  数にもよるが、今のペースでは無傷で躱しきれるのもそんな難しい話ではない。

  20という数もまた、セイバーにしてみれば、それほど問題ではないだろう。

  だが、男がその気になれば、その背後の百の宝具を一斉に撃ち込むことも可能である。
  そうなれば、全てを回避するのは不可能であるし、そこから打開する手段も限られていく。

  男は始めから、セイバーを殺すつもりで攻撃をしていない。
 セイバーを嫁として娶るという、そんな身勝手な理由から加減をしているなどと、
  セイバーの性質からして気付いているのかも怪しい。

  ただ、男が全力をまるで出し切っていないことはわかっていた。
  過去の戦闘から男の実力はこんなものではないことを重々承知している。

 だとしたら、セイバーにすれば不本意ではあるがそこに付け入るのが最善。
  サーヴァントを相手にして、その高みから見下ろす慢心が、命を容易く奪うということを知らしめる。
  
  奥の手とも言えるエクスカリバーによる宝具の解放は現状だと使えて一回。
  それ以上の使用は過度な魔力消費により、昏倒するどころか最悪消失してしまう場合もある。
  だが、宝具の使用はその一度だけで十分。
  聖剣の光の奔流は、この距離ならば放つと同時に男を飲み込み、殺す。

 本来、エクスカリバーはバーサーカー戦のように二度の使用などあり得ない技なのだ。
  一度ならず二度までも耐えきったバーサーカーが、それだけ出鱈目だと言えよう。

 しかし、今はまだ使うべき場面ではない。
  男はあれからずっと一歩も動こうとはしないが、それはただ動く必要がないということ。
 矢継に展開されていく『王の財宝』に男の守りは鉄壁とも言える。

 だが、セイバーは回避した剣群が半分を数えたところで、転換し前方へと飛んだ――。

 男はセイバーを獅子と例えたが、結局のところ甘くみている。
  百獣の王たる獅子が、このような膠着をいつまでも望むはずがない。

 獅子がアギトで獲物の喉元に食らい付くように、セイバーもまた牙となる剣を振り下ろすのだ。


  剣を構えて、極限までの前屈姿勢で男へと直線で向かっていく。
  足場を踏み抜かんばかりに助走を付けた。その速度はさながら弾丸のよう。

  セイバーの行く手、そこには男の放った10近くの宝具による障害がある。
  姿勢を低くしているため、幾つかは紙一重のところでセイバーの真横を通り過ぎていった。
  それでその全てが回避できるはずがなく、幾つかは既に甲冑を貫き皮を穿っていく。

 そんな最中でもセイバーは、速度を落とすどころか益々上げていった。
 そして、次なるは致命傷になる軌道より飛来する魔射。当然のことながら回避は不能。

 「はッ!」

  セイバーは剣を片手に持ち替えると、自由になった右腕で剣の腹を殴った。
  高速で飛来し、対衝突しようとする剣の腹を狙える眼と未来予知めいた直感力がセイバーにはある。
  そして、軌道をずらすことに辛うじて成功する。
 如何にセイバーの膂力を持っても完全に逸らせずに、切っ先がセイバーの血肉を奪う。
  腰から背中にかけて血煙が舞うが、セイバーはただ前方のみを見据えて尚も駆けていく。

 地を駆ける双脚、剣を振るう諸手が無事であればそれでいい。

  セイバーは剣を使って弾こうとは思わなかった。
  セイバーの持つエクスカリバーは、あの時代の武器としては珍しく両手剣である。
  かなりの重量を持つその剣は全身で振るう必要があり、僅かだが男に向かう速度が落ちてしまう。

 男にしてみたら、これは予期していなかった行動だろう。
  これまでで最も多く宝具を射出したのだ。今回もまたセイバーは回避に専念すると思っていた。
  攻めるのであれば、攻撃が苛烈な時ではなく、緩やかな時に攻めるのが当たり前だ。

 それは、戦略と呼べるほどのものではないが、男の裏を掻いた奇を衒った奇襲と言えた。
  セイバーの持ちうる能力を使い剣群を抜けて間合いを詰めていく。
  一間まで近づけば、全力で振るったセイバーの剣捌きを目で追えるサーヴァントはいない。

 そしてセイバーは剣群を全てやり過ごした。
  エクスカリバーを再び両手で持ち直す。

  ここは既に弓兵の領域ではなく、剣の英霊であるセイバーの領域。

  男の顔が直ぐそこにある。
 冷笑にしか取れない真紅の双眸、愉悦に歪んだ口許を端整な容貌に浮かばせる。

 セイバーは思う。

  (それでいい。そうして笑っていられるのも今のうちだ。
  初めて見た時から、その鎧が気に食わなかったのだ。装飾華美にも程がある。
   その巫山戯た鎧と共に貴様の過度な自信を、我が星の燐光によって打ち砕く――!!)

  「弓兵が我が一撃、受けきれるか!」

 渾身を持って、セイバーは剣を黄金の男に振るった。


 ――――――――――


 「なっ!?」


  腕に剣を振り抜く感触がない。
  セイバーはその事実に、目の前が曖昧に感じてしまうほどの錯覚を覚えた。

 セイバーの振るう渾身の一撃は黄金に彩られた鎧ごと、男を両断するかと思われていた。
 だが、男は定位置から移動することもなく、そこに立っていた。

 戦線を遠目に見ていた遠坂凛も、これまでのセイバーの戦いを見て、そう信じていたし、
  最強と自負する聖剣の担い手であるセイバーが最もそれを疑わなかった。

 「ふん、我の鎧に傷を付けるとはな。僅かだが見直したぞ、セイバー」

  そんな尊大な口調が男から返ってくる。目に見えたダメージを負った様子もない。
  男は剣によって付けられた傷に触れて、感嘆の声を漏らしていた。

  押し潰されたようにひしゃげてはいるが、装甲を貫いたようには到底見えない。

  両手剣はそもそも甲冑ごと敵を断ち切ることを目的とした剣であり、
  エクスカリバーはその分野において最たる威力を誇る。
  それすらも弾かれるなんて、セイバーはこの生涯一度たりとも経験がない。

 「だがな、この程度で我から勝利を奪えると思っていたのか?
   だとしたら、相当なうつけよな。……よもや、これがお前の全てか?
   つまらん。我を飽きさせるのを許したつもりはないのだがな。
   あの鴉女の相手にしてもそうだ。お前はあの程度の手合いにどれほどの時間を掛けた?
   此度の聖杯戦争、些か手ぬるいぞ。まさかお前があのような雑魚に翻弄されるとはな」

 これ以上は呆気に取られている暇はない。
  戦争では想定外のことが起こるものであり、セイバーもまた幾度となく経験がある。
  むしろ想定通りに行く方が珍しいのだ。現実は最悪に想像をいつも凌駕する。

  今セイバーの立つこの場所は、自身の得意とする領域であることには変わりはない。
  アドバンテージは未だセイバーにあると言えよう。

 男の能力は未知数だが、いかな強固な鎧といえど何度も打ち込めば断ち切る自信はある。
  だが、そんなリスクの孕む行動よりも、剥きだしとなった頭を狙えばそれで片が付く。

 「ふっ!」

 呼吸を整え、身体を捻り、男の頭部を狙う。

  しかし、戦場で何度も経験した頭を砕く独特の感触が剣先からは伝わってこない。
 ただ、初撃と同様のけたたましい金属音だけが返ってくる。

 「ふん。狙いが単調よな。
   どこぞのマスターも我が鎧を砕けぬと知るやいなや、同じ手段に転じたぞ?
  お前はそこらの雑種と同じではないのだ。凡百に終わってくれるなよ」

 セイバーの剣は男がいつの間にか持っていた剣によって、受けられていた。
  ……あり得ない。 片手に持った剣で、セイバーの強撃は耐えられるものではない。

  セイバーの膂力は、目の前に立つ男を凌駕する。
  如何に体格で劣ろうとも、セイバーの矮躯からは信じられないほどの重い一撃を放つことができる。
  両手剣からなる一撃を、アーチャー如きが片手で防げるはずがない。

  そもそもがアーチャーは能力面で優れた英霊ではないのだ。
  強力な宝具があってこそ、初めてアーチャーは、他のサーヴァントと比肩できる。
  此度のバーサーカーを除けば、最高クラスの能力がセイバーに備わっている。

 それをアーチャーがこうも容易に受けるなんてことは、あり得る話ではない。
 得体が知れない男の能力に、セイバーは肉を削ぐことで得た間合いを二間ほどに広げた。

  男が追撃をしてくる様子はない。

 「クハハ、どうしたというのだ? まさかそれで終わりというわけではあるまい?」

 セイバーの視線の先は、男の持つ剣に注がれていた。
  眼前に敵がいるとはいえ、その剣から目が放せられない。
 初めて見る剣なのには間違いがない。だというのに、どこか懐かしさすら覚える。

 「その剣は一体……」

 口に出すつもりはなかったが、妙な違和感に思わず言葉が漏れてしまう。

 「これか? やはりお前とは何かと縁のあるものであるからな。
   ――お前の持つその聖剣。
  それは北欧に伝わる『支配を与える樹に刺された剣』が流れて生まれ出た物だ。
  そして、この剣は、そのグラムの更なる原型になる」

 「まさか……!」

 「そう、この剣は竜殺しの魔剣とも呼ばれたグラムの源流。
   ……竜の因子を受けたお前には、辛いものであろう?」

 生じた違和感が、驚愕という確信に移る。

  セイバーの持つ膨大な魔力は、竜の因子を出所としたものだ。
 アーサー王の二つ名であるペンドラゴンも、竜の王を意味する言葉である。
  それだけセイバーにとって、竜は切っても切り離せない存在であると言えた。

 つまり、北欧の英雄シグムントの所持した竜殺しの魔剣グラムはセイバーと相性が悪いのだ。

 セイバーの驚愕はそれだけではない。

 「貴方は何故そんなものまで……。いや、違う。
   一人の英霊がそれだけの宝具を持てるはずがない」

 男の背後には未だ無数の宝具が浮かんでいる。その中に同一の宝具は唯の一つも存在しない。

 「は、我の正体が知りたいのか?
   一人の英霊がここまでの宝具を持てないだと? それは少々早計だな、セイバー。
  この世界が、まだ一つだった頃の話だ。
   その時代、全ての財はたった一人の王の物ではなかったか?」

 「全ての財はたった一人の王だと……!!」

  「フ、ようやく察したか。
  我こそが人類最古、古代ウルクの英雄王ギルガメッシュぞ。
  鼻からお前が勝ちを望めるような英霊ではない」

 「英雄王……」

 10年前の聖杯戦争から、セイバーは男の正体を掴めないでいた。
  だが、これで全ての合点がいく。むしろ今に至るまで気付けなかったのがおかしなぐらいだ。

  英雄王ギルガメッシュ。
  彼の終生を綴られたギルガメッシュ叙事詩は、全ての神話のルーツとも言われている。
  ならば、彼が全ての宝具の原型と呼べるものを持っていたとしても、何ら不思議ではない。
  そしてこの自分以外を顧みない傲慢な性格も、絶対の王として君臨したギルガメッシュなら頷けよう。

 これまで傍観に徹していた遠坂凛から、ここに来て初めて声が飛ぶ。

 「セイバー! 
   ソイツがギルガメッシュなら、ありとあらゆる宝具の原型を持つことになるわ!
  全ての宝具を持っているなんてそんな出鱈目。
  それこそ、サーヴァントキラーじゃない。
   セイバー! 真名がばれている以上、貴方に対する手段はそれこそ数限りなくあるのよ!
  悔しいけどここは一旦退いて対策を立てる必要があるわ!」

 声質は気丈そのものだったが、僅かな動揺がレイラインを通じてセイバーに伝わってきた。

 「黙れよ、雑種。我はお前に発言を許した覚えはないぞ。
   お前を生かしているのは我の気紛れだ。ここで殺すとセイバーの維持がなにかと面倒なのでな」

 ギルガメッシュに威圧的な直視を受ける。
  それだけで尻込みしてしまいそうになるが、セイバーのマスターとして決して表に出すわけはいかない。
 今はなによりも、ここから退避する必要があるのだ。狼狽えている場合ではない。

 しかし、セイバーから返って来た言葉は、遠坂凛の予想だにしていないものだった。

 「それは承知しています、リン。
   だとしても、申し訳無いが私はここで退くような真似は決してできない。
  それにこの男がここで逃がしてくれるはずもありません」

 「その通りだ。我がおめおめと逃すとでも思ったのか? つまりはだな――」

 口の中はからからに渇いていたが、遠坂凛は唾を無理矢理に飲み込んだ。

  ギルガメッシュの周囲の空気が険呑なものに変わる。
  その空気までも、肉眼で視認が出来てしまいそうなほどの圧倒的な存在感。

 「ここが正念場だ、セイバー。
   我のものとしてこの手に下るか、それともここで死ぬか。
  それを選ぶ権利は、セイバー、お前には与えはしない。
  しかしな、これ以上我に刃向かうものなら、力加減を誤って殺してしまうかもしれん。
  は、我は女子供に手心を加える術を知らぬのでな」

 男の背後に控えていた百の宝具が、さらに数を倍近く増やしていく。
  虚空に開かれた赤い扉のうねりが、周囲を眩い緋色に染める。

 「何を馬鹿なことを。結末は決まっている。貴方が私に倒されるだけの話だ」

 セイバーの翠色の瞳に揺らぎはない。決してもう、彼女は臆さないだろう。

 「囀るな。我を人類最古の英雄と知りながら、尚も刃向かおうというのか」

 ギルガメッシュは自らに一片の間違いもあるとは思っていない。
  唯一絶対のこの世の道理を説くように、僅かに苛立ちながらもセイバーに諭す。

 「私は貴方と、これ以上の下らない問答を続ける暇はない。
   雌雄を決するぞ、英雄王。
  御身を我が全力をもって討ち果たし、聖杯をマスターに捧げるとしよう」

 セイバーもまた、ギルガメッシュほどではないが自身を疑わない。
  王として剣を執ったのは間違いだったが、掲げている信念と矜持に疑う余地はないのだ。

 「いいだろう、セイバー。まずは力ずくを持って、我との力の差を教えてやる」


 夜籠もる公園はかつての井然とした面影を失っていた。
  これまでの戦闘によって、まるで爆撃でもあったかのように見るも無惨に荒れ果てている。

  だが、これまでの戦いはほんの前哨にしか過ぎない。
  決して譲れぬものを掲げた王と王の織り成す狂宴は、これより為初めを迎えようとしていた。






 後書き

 クロスオーバーって何だっけ? 美味しい? 甘酸っぱい?
  てか、セイバーもいい加減慢心王だよね。

 2009.8.19


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